フェルナンデスは、トレーニングパートナーの羽生結弦が世界一のスケーターと広く目されていることをよくわかっている。
2人の最強の男子スケーターが練習するTCCCで、私は彼に羽生ではなく彼が世界王者であることを思い出させた。それは重要なことでは？と。
しかしいつも通りニコニコと微笑み、彼は釣り餌に食いつかない。
「ゆづるはすごい才能を持ったスケーターだよ。すごいんだ。本当にすごい。いつも言うことだけど、彼がうまく行けば彼を負かすのは難しい。とってもとっても難しい。」
しかし、フェルナンデスは最近のボストンを含む過去二回の世界選手権で羽生を負かした。フリーではこのスペイン人はセンセーショナルな演技を見せた。

フェルナンデスにとって、世界王者になることは予想外のことだった。彼はスケートの伝統がなく、3.8万人に一つのリンクしかない国出身なのだ。国を出なければならなかったのも無理はない。
「こんな風にトップレベルで戦って、大きな大会で優勝することなんて思ってなかったよ。」
この40分に及ぶ率直な会話の中で、サインをねだる若者が彼の元を訪れたが、彼は断った。
「ごめんね、今はインタビュー中なんだ。」
彼は私にも謝った。
彼を最もハードワーキングなスケーターの1人であることを現す謙虚さと地に足のついた安定感はリンクを降りても続く。19歳で初めてスペイン王者となった後、バンクーバー五輪では14位となり、その後オーサーコーチの元へと移籍した。2度の世界王者の他に、4度のユーロ王者のタイトルも持っている。
それでも、スペインでは彼の顔を知るものはあまりいない。自由に外に出て、時に二度見されたり、「スケーターの人？」と聞かれる程度だ。
そう、彼はそのスケーターだ。しかしフェルナンデスにとってはまだ道半ばだ。

2015年のユーロの後頃から、経済的に安定した。ショーへの出演依頼が増え、出演料の額も上がった。この夏彼は3つのツアーに出演し、スペインで家族と、日本でガールフレンドの安藤美姫とその娘のひまわりと時間を共にした。
「もう働かなくていいってわけじゃないけど、文句はないね。」
トップスケーターの金銭状況はややこしい。スペインで幼馴染と共に事務所を設立し他のアスリートを支援している。
しかし今は、一番貴重なものは時間だ。スケート、家族、ビジネス、そして美姫と時間がいつも足りない。
彼にとってバランスは大事だが、いつもそれを保つのは困難だ。5年以上トロントで暮らしているが、ここにいる理由は一つだけだ。トレーニングのため。そして周囲もそれを理解している。
「美姫がトロントに来て暮らしたりすることはないんだ。僕が望まないからではなくて、ここでの優先事項はスケートだから。将来は好きなようにする。彼女もそれはよくわかってくれているよ。」

フェルナンデスは「防衛」という言葉をよく話す。2016年には世界王者のタイトルを防衛し、今シーズンはスペイン王者、ユーロ王者、世界王者、そして2つのGPSの金メダルを防衛しなくてはいけない。GPFでの勝利はまだなく、彼もそれは意識している。
「GPFはまだ優勝したことがない。」
2年連続で、ご存知の通り羽生に次いで銀メダルを獲得した。
「GPFでうまく演技して、金メダルを取りたい。僕のキャリアでまだ欲しいのは2つのメダル。GPFの金と、オリンピックのメダル。」
そう言ってフェルナンデスは笑った。実際、彼はよく笑うが、欲しいものを口にするときの軽やかさには親しみを覚える。しかし、真面目でないというわけではない。オリンピックメダルはどの色でもいい、と彼は言う。
「オリンピックでの目標はそれだよ。とにかく表彰台に登りたい。チャンピオンとは言わない。もちろん、もし全てがうまくいって僕が勝てばなおよしだけど。今のところのゴールは表彰台で、メダルを持って帰ること。」
ソチではサルコウを飛びすぎて、メダルをすんでのところで逃してしまった。このメンタルエラーで、1.18点差でデニステンに負けたのだ。

そのミスを平昌でははらしたいと考えているが、目下の焦点は平昌ではない。今シーズンのプログラムは昨年のものを踏襲した形だ。SPは持ち越し、振り付けと衣装を変えたのみだ。
FSについてはシナトラと「同じ発想」と話す。今度は伝説的な歌手、エルビスプレスリーに扮する。
「ある意味では全く新しい。ジャンプへの入りも変わったし、ステップも違う。全て。でも難易度は同じくらい。」
羽生がACIで決めた4Loは遊び程度に試してはいるが、今のところは競技に組み込むつもりはない。
2018年については
「オリンピックが迫っていることはそこまで考えていない。来年どんなことをするかについては考えさせられるし、こうしたいというアイデアはもうある。だけど毎日それのことを考えているわけじゃない。あるのはわかっている。」と話す。

フェルナンデスにとっても、安藤にとってもこの環境は容易なものではない。二人は数ヶ月に一度ほどしか会えない。安藤にプレゼントされたお揃いのネックレスをつけている。
同じ数だけ世界王者のタイトルを持つ安藤についてはこう語る。
「彼女は僕が疲れている時や、話したくないときはわかってくれるよ。彼女との関係は…そうだね、静かにしておきたいし、彼女もそれはわかってくれているよ。自分がしようとしていることを深く理解してくれる存在には助けられる。」
そして彼のしようとしていることは、勝ち続けることだ。例え史上最高のスケーターが相手であっても。

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