現在のEminemが"メインストリームの第一線で活躍する白人スター"だからといって安易にディスする事がどれだけ危険なのかは、彼が衆目を集める最大の結果となった97年のScribble Jamや、Benzino、Everlastとのビーフを知っていれば、もはや議論の余地はないでしょう。

Macklemoreに関しても同じ。Ryan某と組む前の彼はシアトルの地下シーンでリスペクトを集めるインディの星だったので、Professor Macklemore名義で発表した音源ではメインストリームのラップを批判するリリックが多分に盛り込まれ、客演には南カリフォルニアの伝説Orko Eloheimが参加するなど、順調に行っていれば今頃彼はインディ・ラップ界の期待の星だったはずです。彼はその後も大ヒットするまではCunninLynguistsやZion Iなど、目下インディ・シーンの重鎮達と共演していたり。また、少なくとも、今の彼を目の敵にしている黒人ラッパーの大多数よりも、彼は昔のヒップホップを聴いているでしょうし、間違いなく当時の楽曲は内容も充実していたのです。

そもそもMacklemoreは、"流れるようなファスト・フロウに思慮深いリリックで好事家の絶大な人気を得る"BlackaliciousのGift of Gabに多大なる影響を受けたことを、売れに売れた今なお公言しています。Macklemoreを毛嫌いしている者達の中でGift of Gabの存在を認識している者が一体どれ位いるでしょう。Gift of GabはFreestyle Fellowshipなどと並び、間違いなく今日の"リズミカルな西海岸フロウ"の基礎を形作った者の一人です。直接は影響を受けていないのかもしれませんが、例えばTDE辺りのラッパー達は彼がいなければ存在すらしていなかったでしょう。しかし、TDEのラッパーでGift of Gabにプロップを送る様な者は一人もいません。大半の彼らのファンもこの事を知らないでしょう。昨年しきりに「どうしてKendrickじゃなくてMacklemoreがグラミーなんだ。彼が白人だからだろ」と比較されたこの2人。少なくともどちらがより先人に敬意を払っているかは、過去の行状が物語ってくれています。

西海岸のフロウの源流がFreestyle Fellowshipに代表されるGood Life Cafeの面々にあるとしたら、西海岸の善悪混淆したかのようなコンシャス・ラップの源流はParisやRas Kassから見出す事が可能です。尤もこの手の矛盾をはらんだコンシャス・ラップは2Pac等に代表されるギャングスタ・ラップとポリティカル・ラップの合流の過程で醸成されたとも云えるのかも知れませんが、少なくともParisやRas Kassを聴かずに現在の西海岸コンシャス・ラップを評価する事は困難を極めるに違いありません。これはNOIやファイヴ・パーセントも援用せずに90年代初頭のアフロセントリックのムーヴメントを語る様なものです。

さて、ここでEminenの話に戻ります。初期に彼が人気を博したのは、勿論その過激な言動にもありましたが、一番の要因は、彼の複雑なライム・スキームに依る所が大きいでしょう。簡単な例として、彼が96年に発表した"It's OK"の冒頭のラインを下掲します。


"One day I plan to be a family man, happily married
I wanna grow to be so old that I have to be carried
Til I'm glad to be buried and leave this crazy world
And have at least a half a million for my baby girl"


まず最初のラインですが、これは"plan"、"man"、"married"の母音æと、"be"、"family"、"happily"の母音"i"で小刻みで韻を踏みつつ、ライン末尾の"happily married"と"have to be carried"が多音節韻(マルチ)で締め括られています。その後のラインに続く"glad to be buried"でまたマルチで韻を踏みつつ、ライン末の"crazy world"ではライムの構成を変化させ、次ラインの"baby girl"でまたマルチでライムとして機能させているのです。また、"married"と"carried"は同じ子音"d"の完全韻でしたが、"world"と"girl"は"əːl"の発音は同じでありつつ、子音"d"が異なるので、本来不完全韻になる所、Eminemはここで"world"の"d"をほとんど発音せず、次ラインの"girl"と完全に機能するようにライムしています。ラップ界ではまだシンプルな完全韻が主流の96年当時、彼は冒頭の僅か4ラインでこれだけ複雑なライムを、歌詞の内容を損なわずに構成していたのです。これが当時の彼の最大の特徴だったという訳。

しかし、この複雑なライム・スキームも、Eminemが一人で完成させた訳ではありません。脚韻をマルチで構成し曲を完成させてしまうというのはKool G. Rapが既に89年に"Road to the Riches"でやり遂げていたからです。

G. Rapの代名詞は上掲したマルチ使いなので、彼に付随するその他の特徴である"ギャングオペラの様な映像的ストーリー性"や"類まれな無呼吸ライム"はその才能のおまけに過ぎません。彼は高度なマルチを構成しつつ、そこにストーリー性やボーカルテクニックさえも落とし込む事が出来たのです。だから現在シーンで活躍する30代前後のラッパー達はG. Rapを尊敬してやまないという訳。「G. Rapを知らずして現在のラップは語れない」といっても過言ではないでしょう。

尤も、そんな大ヴェテランのG. Rapにも勿論影響を受けたアーティストはいたのです。彼曰く、本当のマルチ・ライムのオリジネーターはFantasy ThreeのMCであるSilver Foxだそう。試しに彼らが84年に発表した"The Buck Stops Here"という曲を聴いてみてください。この曲はSilver Foxのソロ・ヴォーカルで、そこで聴かれるのは確かに後年G. Rapが確立したマルチ・ライムの姿であります。

そもそも"Road to the Riches"にサンプルされているピアノのフレーズであるBilly Joel "Stiletto"にしたって、これはオールドスクールのブロックパーティの定番ネタで、かのCold Crush Brothersがルーティンにしていたもの。G. Rapは彼らに憧れて"Road to the Riches"を作った。そして彼は現在、この事実を至る所で公言しています。

一見すると分断されているかのような物事にも必ずどこかにつながりがあります。ヒップホップという文化が今なお続いているのと同じく、過去の記憶は形を変えて現代へと受け継がれているのです。たとえ今のラップ・ゲームのプレイヤー達が忘れてしまっていても、未来の人々はその繋がりを紡ぎ出してくれるに違いありません。少なくとも私はそう願っています。

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