[ふるさと危機キャンペーン 自由化の果てに 1] 関税撤廃 誇り奪う NAFTA締結後のメキシコ (日本農業新聞5月2日)


 農畜産物を含め、関税の全面的な撤廃を原則とする環太平洋経済連携協定(TPP)。「ふるさと危機~TPP反対キャンペーン」第3部では、1994年発効の北米自由貿易協定(NAFTA)で全ての関税を撤廃したメキシコと米国の農業・農村の今を追った。

 「農家は誇りをなくし、政府から金さえもらえればいいという人が増えた」

 メキシコの中小穀物生産農家らでつくる全国農業生産取引業連合(ANEC)のビクトル・スアレス理事は農業の現状をこう憂える。同氏はNAFTAが発効する前から、一貫して米国との自由貿易に反対してきた。メキシコ国民の主食であるトウモロコシなどの重要品目を関税撤廃の例外にするため、かつては10万人規模の農家のデモを組織した。「今ではそうした大規模集会が開けないほどに農家の力はそがれてしまった」と、スアレス氏はうつむく。

・トウモロコシ 輸入量10倍に

 最大の原因が米国産トウモロコシの輸入急増だ。NAFTA発効前の10倍に膨れ上がり、年間輸入量は1000万トン水準に達した。飼料用なども含むトウモロコシの自給率はほぼ100%から70%に下がった。政府の説明では、米国産は飼料・加工用の黄トウモロコシ、国産は主食用の白トウモロコシがそれぞれ主体であるため、すみ分けができるはずだった。

 だが、実際は競合した。主食用の国産価格は格安の米国産の価格に引きずられ、実質生産者価格は1990年から2005年までに7割下落。全農家の3割に当たる270万人が離農した。

 政府はそれでも、トウモロコシの国内生産量が増えたことを成果として強調する。確かに、北部の大規模なかんがい農業地域を中心に、政府が直接支払いを行うトウモロコシへの転作は増えた。政府はNAFTAで小麦や米などの関税は先行的に撤廃する一方で、重要品目のトウモロコシなどごく一部の品目は、関税撤廃まで長期の猶予期間を確保した。

 その結果、防波堤をなくし輸入が急増した小麦や米などの農家が、直接支払いと一定の国境措置で守られたトウモロコシの生産になだれ込んだ。だが、トウモロコシの関税も08年に撤廃された。

・取り残される条件不利地

 中小規模の農家は直接支払いがあっても厳しい。メキシコ南部のオアハカ州のあるトウモロコシ農家は「直接支払い(1ヘクタール当たり約8100円)はわずかで、畑を起こすプラウも借りられない」と力なく笑う。同州は傾斜地が多く規模拡大には限界がある条件不利地。この農家が住む集落では、直接支払いを得るために、作ったふりをするだけの“疑似農家”が増えているという。

 政府は、国政選挙を控えた03年4月、農業への融資を増やし関税撤廃の影響を緩和する対策を行うと説明し、代表的な農業諸団体と合意文書に調印した。しかし、財政悪化を理由に約束は果たされなかった。スアレス氏は警告する。「食料の安定供給を政府の口約束に委ねてはいけない」

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