さよならジョー・ストラマー

byトム・モレロ

俺がThe Clashを初めて聴いたのは、高校生のときだった。俺は新聞部だったんだけど、ある日、デイヴ・ヴォーゲルっていう仲間が『London Calling』を持ってきて、そのアルバムを聴きたがっている奴らに見せびらかしていた。そのアルバムのジャケットがマジでカッコいいと思ったので、俺は彼に「それってヘヴィーメタルなの?」って訊いたんだ。そしたら彼は「違うけど、でもマジで凄いよ」って言った。ほんとかよって思ったけど、俺は彼にそのアルバムを貸してくれるように頼み、そしてテープにダビングした。このドルビーに難アリの低品質なカセットテープは、俺の頭の中を炎で満たし、心と魂を焦がした。そしてすぐにThe Clashは俺の大好きなバンドになったんだ。

その頃、俺はパンクロックバンドでプレイしていた。俺たちの曲のほとんどには、面白おかしい題名が付けられていた。“彼女はカミソリを食う(She Eats Razors)”とか“俺を叩いて、ムチで打って、ショボい気分にしてくれよ(Beat Me,Whip Me,Make Me Feel Cheap)”とかね。でも、初めて『London Calling』を聴いてから1週間後に、俺は生まれて初めて政治的な曲を書いたんだ。曲名は“サルバドルの死の戦隊のブルース(Salvador Death Squad Blues)”といって、レーガン政権の中央アメリカにおけるひどい施政についてロックで論評したものだ。やがてまもなく、新聞部で反乱が起こった。保守的な教師が、アパルトヘイトや、死の戦隊を支援するアメリカ合衆国や、その教師が馬鹿チンである事実などについて記事を書く俺たちを嫌がったのだ。それでこの学生新聞からは大量の離脱者が発生し、代わりに“The Student Pulse”っていう大人気のアンダーグラウンド新聞が誕生したというわけだ。The Clashは俺の背中を押して政治的な曲を作らせ、10代の若者としての政治的な立場を明確にさせてくれたんだよ。

その年の後半、俺はシカゴのthe Aragon BallroomでThe Clashのライブを観る機会に恵まれた。それはまったく圧倒的な経験だったよ。彼らは永遠の偉大なるバンドであっただけでなく、俺の音楽的劣等感も治癒してくれたんだ。このライブを体験するまで俺は、“本物の”ロックンロール・ミュージックを生み出すためには、壁のように巨大なマーシャルアンプ群と1万ドル(約120万円)ものレスポールのギターがなくちゃならないって、ずっと思い込んでいた。でも、ジョー・ストラマーは俺が持ってたのと同じミュージックマンの安い小さなアンプを使っていたのだ。そのアンプは椅子の上にちょこんと置かれていた。高校時代のバンドの練習室で椅子の上に置かれていた俺のアンプみたいだったよ。だけど、彼らは俺がそれまで聴いた中で最も情熱的で強靭な音楽を生み出していたんだ。その夜は、大勢のキッズたちが、自分にもそれができるって思いながらライブ会場を後にした。The Axis of Justiceのモットーである“未来は未知数(the future is unwritten)”は、俺がその夜買ったTシャツに書いてあった言葉に由来しているんだ。

Rage Against The Machineの初期のツアーでは、常にThe Clashのテープとブートレグ(海賊盤)が移動中における俺の音楽コレクションの最重要アイテムだった。それらはヨーロッパの長くて凍えそうなバス移動の中で、俺に凄まじいインスピレーションを与えくれ、俺を慰めてくれた。ひどい音質のブートレグテープを聴いていると、ジョー・ストラマ―の声から、彼が3分間の歌で世界を変えてしまうことができると本当に信じていたってことや、そしてあの夜、彼はロックスターの栄光や、金や、自己満足や、エゴを目的としてプレイするためにあの場所にいたわけじゃないってことが、今でも、そしていつでも聴き取ることができるんだ。彼は、ライブ会場にいる彼自身も含めた全員の魂を救う決意を持って、プレイしていたのだ。

Sex Pistolsは、世界をパンクロックに気付かせた引火点だった。The Clashは、政治をパンクロックに不可逆的に縫い込んだ。そしてジョー・ストラマーは、The Clashの心であり、魂であり、良心であった。

ジョー・ストラマーほど真のパンクロックを体現しえる者は、誰もいないように思える。彼はビジネスの面でも真摯な偉大なる反骨の士だったと俺はいつも思う。The Clashが偉大だったのは、ロックンロールバンドを“演じる(performing)”ためには、自分たちの清廉潔白な姿勢をいかなる方法でも侵害してはならないと理解していたからだ。だからこそ彼らは、彼らが実際に反逆のロッカーたちであったように、反逆のロッカーたちの一味であると思われた。ルックスも、サウンドも、ファッションも。

俺がいつもThe Clashについて感嘆してしまうのは、彼らが音楽以外の面でも、バンドとしてどんなメッセージを発するかに、凄まじい注意を払ってきたという点だ。彼らはThe Clashのライブや、The Clashの意見、The Clashの政治的見解、彼らがお互いにどんなことを考えているか、自分たちの歌で何を主張するのが重要なのか、そして自分たちの清廉潔白な姿勢を高い水準で維持するためにはどうすべきか、“重要な唯一のバンド”であり続けるためにはどのような立場に立つべきなのかといった問題について議論するために、数え切れないほどのミーティングを行ってきたのだ。

また、ジョーはシングルの曲を選ぶ際に、その曲が必然的にヒットする可能性があるかどうかよりも、その曲が持つ今日的意義に基づいて考慮すべきだと主張していた。The Clashが作ってリリースした“The Call Up”は、アメリカ合衆国の徴兵登録再制定に反対したシングル曲だ。この徴兵登録制度は当時、中央アメリカ全土に忍び寄るヴェトナムの影と共に巨大な論争の種となっていた。“The Call Up”のようなぶっちゃけて真実を告げた詩的な歌詞は、徴兵制度が実現したら自分たちはどうするのかについて、多くの若者たちが決心するのを助けたのである。

俺はイギリスのプレスが、The Clashに背を向けるやり口に、常にひどくうんざりさせられてきた。デビューアルバム以降のThe Clashに対して、イギリスのマスコミは卑しい嫉妬を抱いているように思えたのだ。いったんは、世界中でひっそりとくつろげる彼らの故郷まで、彼らの足跡を頭の足りない糞餓鬼みたいに追い掛け回してたくせに、『London Calling』や『Sandinista』のような驚異的なアルバムには背中を向けて無視していたのだ(ちなみに『London Calling』はRolling Stone誌の1980年代を代表するアルバムの1位に選出されている)。

The Clashは大金のために再結成するという誘惑に絶えず抵抗してきた。その理由は、このバンド、そしてバンドのメンバーたちの偉大さにあると言われてきた。彼らが勿体ぶったエリートのように自分たちの“伝説”に泥を塗ってしまうことを恐れ、敢えて再結成しないのではないかというわけだ。しかしその邪推は誤りであり、むしろ彼らの友人でありドラマーであるトッパー・ヒードンが健康上の理由(ヘロイン中毒)で参加できなかったというのが真相である。The Clashの素晴らしいドキュメンタリー『Westway to the World』の終盤近くでジョーが述べているように、「バンドのケミストリー(化学反応)がすべて」なのだ。ジョーは、最初のトッパー・ヒードンの脱退、そして次のミック・ジョーンズの脱退について、瞳に涙をたたえ、悲嘆に暮れながら話す。その語りは必聴に値する。なぜなら、バンドのケミストリーは本当に重要な問題だからだ。初期のThe Clashのラインナップには、そのケミストリーの力が進行方向に沿って持続している。それはちょうど今日のU2が、いまだにケミストリーに対して開放的であるのに似ている。

Rage Against The Machineの頃はずっと、ジャーナリストたちは俺にいつもこういう質問をしてきたものだ。「なんでRageみたいな政治的なバンドがEpic Recordsと契約して活動してるんですか?」 その度に俺は全世界へメッセージを広める重要性についての長くて華やかな説教で答えてやった。だけど本当は、俺はたった2つの単語で答えることができたんだ。すなわち、「The Clash」。俺はThe Clashのおかげで、活力に満ち溢れ、政治に関心を抱き、変化した。そしてなぜ俺が彼らの音楽を聴いたかと言えば、デイヴ・ヴォーゲルが『London Calling』を、イリノイ州のちっちゃなリバティヴィル(Libertyville)にある地元のホーソーン・モール(Hawthorne Mall)内のミュージックランド・レコードで購入したからだ。そしてなぜデイヴが近所のショッピングモールでこのアルバムを入手できたかと言えば、このバンドがEpic Recordsと契約して活動していたからだ。もしRage Against The Machineの歴史において、The Clashが俺に影響を及ぼしたのと同じように、俺たちが誰かを活気付け、政治に関心を抱かせることができたのであれば、Epic Recordsと契約した決断は単にそれだけの価値があったというだけじゃなく、かなりスゲエことだったと言える。

数年前、俺はジョー・ストラマーの作品でプレイする機会に恵まれた。彼は『サウスパーク』のサウンドトラックに提供する歌を制作していて、リック・ルービン(注:ヘヴィーロック界の大物プロデューサー)が俺にぜひ来てギターをプレイしてほしいと依頼してきたのだ。というのも、その前に彼らが録音した奴(偶然にも非常に有名なロックラップバンドでプレイしている奴)のギターは収録できないとのことだった。俺は1971年モノのマッスルカー(注:ゴツいアメ車)でスタジオに向かい、偉大なるジョー・ストラマーを紹介されたんだけど、生涯でこのときほど緊張したことはない。ジョーは期待を裏切らなかった。その曲は決してベストではなかったけれど、でも彼はまさしくベストだった。非常にささやかなレコーディングは終了したかに思えたが、急速に赤ワインのボトルがいくつも空にされながら、たくさんの話が語られた。彼は、いかに世界中をいつも飛び回って自らの音楽に満ち溢れた旅をしてきたのかを、俺に語ってくれたのだ。彼はどこに行くのにも、自分が所有しているカセットテープやアルバム全てを持ち歩き、いつでもすぐ聴けるようにしていたという。しかし、それを続けて数十年後、年をとった彼は、自分のレゲエコレクションを数え切れないほど何度も様々なエージェントに見せたり聴かせたりするのに、ほとほとうんざりしてしまったそうだ。それで、彼はあまり知られていないメキシカンバンドの曲を集めた30分のカセットテープ1本だけにコレクションを減らしたという。彼はそのテープを俺たちに聴かせてくれた。彼はそのテープを無条件に愛していて、その後ずっと持ち歩いているテープはそれ1本だけだという。俺は座ってじっと聴きながら、馬鹿みたいにニコニコしていた。

ジョーは俺のマッスルカーに魅了された。1971年モノのセミオレンジのドッジデーモン(Dodge Demon)だ。俺にとっての偉大なロックンロールヒーローが、俺の車のフロントシートの辺りを這い回って、ドッジデーモンのフロアマットのオリジナルデザインに、彼独特の変わらないアクセントで驚嘆しているのを見るのは、なんとも奇妙な光景だった。

スタジオにいるとき、彼はときどき何時間か姿を消したものだ。そんなとき、彼は自分の古いキャディラックの中で作詞に取り組み、ミキシングルームで出来上がったばかりの最新ミックスを入手して車中で聴いていたのだ。リック・ルービンと俺は、ミキシングルームに座ってアシスタントの子がジョーとメモ――「これ以上はひどくなりようがないと俺は思う」とか「もうちょっとで2番の歌詞に辿り着けそう」といったようなもの――をやり取りするのを待っていた。そして終いには、アシスタントの子とジョーの、不明瞭な引用やとりとめのないことが記されたメモのやり取りが、ジョーが帰ってくるのを待っている俺たちを爆笑させ続けた。ジョーがキャディラックに乗って“部外者は全部無視!(Ignore All Aliens)”っていう教えに基づいて、あの有名な彼のテレキャスターを爪弾くのに没頭しているまたとない瞬間に、俺は立ち会うことができたわけだよ。もちろん俺がテレキャスターを弾いている理由は、ジョーがテレキャスターを弾いているからに他ならなかったし、俺はこの驚異的な、歴史に残るギターを手にして、ここ数年の崇高なる瞬間を刻み込んだ俺の大好きな曲たちを作曲したり演奏したりしてきたのだ。それなのに、何故俺がその瞬間を保存するためにカメラを持っていかなかったのかなって、俺は自分が理解できないよ。そのジョーのギターは、初期のThe Clashのセットリストを録音したギターであり、ジョーは覚えてないかもしれないけれどいくつものライブでかき鳴らされてきたギターであり、後の世代にもずっと伝わる名曲たちを生み出したギターであり、つまりは俺がすっごく崇拝しているギターなんだよ。

最後にジョー・ストラマーと会ったのは、ちょうど1年半前、彼が自身のバンドThe Mescalerosを率いてトルバドール(注:ロサンゼルスのTroubadour)でプレイしていたときだった。俺は本当に感銘を受けた。ジョーは全身全霊で、The Clash全盛期とまったく変わらない強烈さで、プレイしていたんだ。そして彼の新しい音楽と歌詞は、前向きで挑戦的だった。明らかに彼は、最後まで、活力に満ち溢れたアーティストだったのだ。さらに、彼がThe Clash時代の“Bank Robber”や“London’s Burning”みたいな宝石を放ったときなんか、会場は完全に発狂した。俺なんて、デカイ声で叫びすぎて、その後1週間声が出なくなったほどだ。

“White Riot”という曲で、ジョーはこう歌った。

「お前は支配するのか?

Are you taking over

それとも支配されるのか?

or are you taking orders?

お前は退行していくのか?

Are you going backwards

それとも先へ進んでいくのか?

Or are you going forwards?」

この4行を紙に書いて、冷蔵庫に貼り付け、君は毎日この4つの問いに答えるべきだ。俺はそうしてる。

ジョー・ストラマーは俺の偉大なるインスピレーションであり、俺のオールタイムのフェイヴァリット(大好きな)シンガーであり、そして俺のヒーローだった。彼の逝去はひどいショックと驚きをもたらし、俺はそれによって深く悲しんだ。俺はもう彼に会えないことに凄まじい寂しさを感じているけれど、でも俺は、彼が後世に残してくれた素晴らしい音楽の遺産を継承していけることに感謝しているんだ。The Clashは、レコードのB面の曲たちでさえ、今日ラジオでかかっているどんな曲よりも遥かに優れているバンドの一つだ。もし君がこの凄まじいバンドをまだチェックしていないのなら、歩かずに走って、The Clashの全アルバムを手に入れろ。ジョー・ストラマーが、そしてThe Clashが、未来に向けて、君の心を激しく揺さぶり、インスパイアし続けることを、俺は確信している。神のご加護を、ジョーに。

“Farewell to Joe Strummer” by Tom Morello

http://axisofjustice.org/features/strummer.html

http://www.strummernews.websitetoolbox.com/post?id=676768

日本語翻訳:MAD K [ madk1999@hotmail.com ]

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